中国などについて勉強した

勉強をしました。湾岸戦争後の1993年になって、イスラエルとパレスチナ解放機構がパレスチナ暫定自治協定を結び、問題の解決に向けて大きく踏み出しました。その後もアラブ側の武装組織とイスラエルとの対立は続いたので、2003年の4月に新たな和平案が提示されました。しかし、2004年の4月にイスラエルがアラブ側の武装組織の指導者を殺害するなど、和平への道のりは依然険しいです。中国では1980年代になると、とう小平を中心として対外開放政策など経済の改革が積極的にすすめられました。しかし、こうした開放政策は民主化を要求する運動を刺激し、1989年の6月に天安門事件がおこりました。民主化の要求はおさえられ趙紫陽総書記は失脚し、かわって江沢民が登場しました。江沢民は、1993年から国家主席も兼任して開放政策を継続し「社会主義市場経済」をかかげ、2002年には胡錦濤が指導者となりました。この間、中国はめざましい経済成長をとげましたが、都市部と農村部の経済格差も広がりました。子供専用のカイテキオリゴ